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Locus Initialis

よりよき未来へと紡ぐ可能性

 
 
 

日志

 
 
关于我

Sententiam non translatam, Devotionem non remuneratam, Amorem non completum, Animas non requiescentes canto. Omnes vivos exsecror.

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[原创]Original Drama CD《憑くも神 CV:桑島法子》[MP3]下载+全文本+翻译  

2009-09-16 20:18:35|  分类: 默认分类 |  标签: |举报 |字号 订阅

  下载LOFTER 我的照片书  |

2009/7/24

桑島法子がつくも神に扮して、あなたに「癒し」「励まし」「格言」を優しく、甘く、力強く…言葉を贈ります。

収録内容
01.森羅万象(4:40)
02.お祈り-壱-(0:25)
03.さくら物語-壱-(3:36)
04.お祈り-弐-(0:25)
05.格言(22:00)
06.お祈り-参-(0:25)
07.おはよう(1:45)
08.お祈り-肆-(0:25)
09.精神統一(2:36)
10.お祈り-伍-(0:25)
11.おやすみ(2:21)
12.お祈り-陸-(0:25)
13.眠る星の子守唄(4:35)
14.最後に一言(0:16)

監督:祖父江裕次
絵師:もふもふ
脚本:櫻井友美子
音楽:中塚裕美子
   一色由比

 


 

唔……就是这样简简单单一张同人Drama碟。因为是同人物,所以包装也十分简单。除了封面封底外没有任何印刷物,没有Booklet。只有初回特典会附带一张桑岛姐姐签名(印刷)的明信片。签的字是“夢望食彩”和名字。因为我没有扫描仪,所以也请谅无法扫上来了。

因为是纯语音的Drama CD,且本身录音的音质并不高,对音质无法做什么要求,所以我也就偷懒没有抓无损,直接翻录成了MP3CBR320kbps。而且我十分得懒甚至于EAC都懒得开直接用的WMP翻录……还请各位见谅m(_ _)m

整张CD一共14轨,44分多种,全部是桑岛姐姐一个人的声音。虽然我个人稍稍觉得有些遗憾,桑岛姐姐用的是那条偏loli的可爱声线……但是这么点份量对于一个桑岛迷来说应该已经足可以泪流满面了吧XD

それじゃ、お楽しみに~

 


 

下载地址:

RF:
http://www.rayfile.com/files/3c11a06e-a2b7-11de-8f1a-0014221b798a/

NM:
http://www.namipan.com/d/%e6%86%91%e3%81%8f%e3%82%82%e7%a5%9e.rar/740d324b2c8bfa5d950446e19ed2ac87003e8f5e3f7a1405

 


以下为我自己听写的全部语音文本。因本身音质有限及个人能力有限,错漏在所难免,望予斧正。


 

01.森羅万象(4:40)

人間の皆様、憑くも神です。私の名はさくら。人の姿になる前は、樹齢百年を超える桜の木。普通に樹木として大地に根を下ろしていたけれど、ある日突然、人の姿に変身。自分でも何か何だかわからず、ただただ茫然。自分がつくも神だと知ったのは、しばらくしてから。「つくも神」とは何かって?まあ、つくも神について語る前に、日本の妖怪や魑魅魍魎、八百万の神々についての話をする。

私が理解に苦しんだのは、神と妖怪の線引き。つまり、境界線。昔は、暗い人間に不幸が訪れた時は、祟りや呪いと思い込み、前向きの者に不幸が訪れた時は、神の試練と思い込む。人間社会において、神の仕業か、人間の仕業かの判断は、結局のところ、個人の性格や精神的な許容量が決め手。感謝される分には嬉しいけれど、何の関与もしていないのに、「神よ、なぜこのような仕打ちを」と、文句を押し付けられるのは、迷惑。

科学や文明が発展すると、信仰や精神が薄れていくのが悲しい。だからと言って、安政の大獄、昭和の怪物と酔われた狂想が、郵政民営化という、歴史や伝説は変わらない。つくも神の存在も例外じゃない。「おやめください、お殿さま」、「よいではないか」というくだりが有名な時代劇、つまり、江戸時代。この時代、つくも神は妖怪として描かれたり、語られた。意志を宿した提灯が、夜中に突然通行人に話しかけたら、驚いて逃げ出すし、抜いた日本刀が突然笑い始めたら、誰がどう見ても、神を宿したものとは見えず、悪霊や妖怪の類と間違えられるのは当然。もう、神なら空気ぐらい読んで欲しい。当然、ものに宿るのは、つくも神とは限らない。これも大問題。ものに自我や意志が宿る総称をつくも神にすると、神が宿るものも、悪霊や妖怪が宿るものも、同じになる。

さって、人間の中には、信仰を持たない人間がいる。あ、悪いってわけじゃないから。信仰を持たない人間を大別すると二つ:自己責任として処理するか、自分が神だと信じるか。前者は、精神的に安定感があるが、感謝の気持ちに欠如する可能性があるし、後者は、常に結果や力量が問われるから、結果が出ない時は、道化師となる。神も妖怪も、人の姿で世に現れる。人に化けていた場合、何を基準に見分ける?まあ、見分ける必要のない人もいるけれど。危険なのは、本質を見誤ること。「勿体無い」という、日本特有の言葉。和製漢語の「勿体」を、「無」で否定した言葉。「勿体」は、重々しさ、威厳、風格、心性を所有している状態で、それを、「無」で否定する。つまり、「勿体無い」という本来の意味は、威厳や風格があるのに活用していないという意味。それが転じて、ものを粗末にするという意味まで広がって、ノーベル平和賞を受賞した、ケニアの環境保護活動家は、「勿体無い」という言葉に感銘を受けて、この言葉を世界共通語として、広める活動もしている。日本人のものに対するこだわりや精神、これが、つくも神が生み出した風土。

 

02.お祈り-壱-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、八百万の恩恵あれ!

 

03.さくら物語-壱-(3:36)

こんな昔話があるのは知っている?昔々、ある小高い山に、一本の大木があった。樹齢百年を超える、見事な桜の木。春になると、たくさんの花をつけて、風がふっと、麓の村に桜の花弁が舞い降りる。桜の花弁が舞い降りた家は、その歳一年、無病息災。しかし、そのことは誰も知らない。

ある歳、桜の木の前に、一人の青年がやってきた。小高い山とは言え、道がないため、麓から登るには半日かかる。青年は、「いつも花弁を届けてくれたありがとう。僕は知っているよ、君の花弁が、村人たちのお守りなんだよね」と告げると、立った。それから青年は、桜の木の根を踏まないように、雑草を取り除いたり、虫を追い払ったり、桜の木の世話をしていた。青年はある日、「おぬしが人間の女性だったら、颯爽綺麗だろうな」と冗談を言い、笑った。その時、桜の木には、意志と魂が宿った。桜の木はそれ以後、青年が来ると、嬉しさや楽しさを、桜の花弁を落とすことで表現した。青年は、舞い降りる桜の花弁を見ては、綺麗だと言って楽しんだ。

毎日のように来ていた青年は、ある日、来なくなってしまった。桜の木は、風の噂で、青年が病に負していることを知る。青年の家に、桜の花弁を届けようとしても、もう花はついていない。青年は、そのまま帰らぬ人となった。桜は、自分自身に対する怒り、好きな人を失った悲しみを知った。喜怒哀楽の感情を身に付けた桜の花は、つくも神となり、その形を成した、ってさ。

何?それは私の話かって?それは、おぬしの想像に任せる。

 

04.お祈り-弐-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、財運あれ!

 

05.格言(22:00)

人は生きていると、様々な境遇と出会う。食べる、寝る、遊ぶ、喜ぶ、怒る、悲しむ、楽しむ。日本には、言霊というものがある。今から私が、人間の煩悩と言われる百八の数字を、逆さに読み上げるから、日常に役立っててみてわ。

百八。心を静めて。

百七。食は力なり。おいしくなくてもよい。朝、昼、晩、しっかりと摂取。

百六。毎日一掃。一日一回は掃除。水の流れ、風の流れ、光の流れを絶やさない。

百五。近道、遠回り。どちらの道を選んでも、最終的には目的地に辿り着く。近道なら時間が稼げて、遠回りなら何かを発見する好機。

百四。仕事、学業、恋愛は追い掛けると吉、追われると凶。

百三。粉骨砕身。

百二。自己反省と自己を虐待することは全く違う。うまくいかない時は、自分はだめなヤツだと嘆くよりも、改良点を見出す。

百一。失敗してもいい、悩んでもいい、泣いてもいい。現実をしっかりと受け止めて、焦らないで、今できる最高のことをやる。日は、また昇る。

百。雨は、おぬしだけに降り注ぐわけではない。

九十九。今日、大切なものを一つ決めることで、今日の生き方が決まる。

九十八。自分の体の大きさに合わない着衣は、不格好。自分の許容に合うかどうかを判断することが、吉凶の分かれ道。

九十七。喜怒哀楽。生きていればこそ。

九十六。一期一会。時間は常に流れていて、戻ることは決してできない。その一瞬を大切に思い、その一瞬にできる最高の持て成しをする。

九十五。人生は旅路。移動があれば、宿で休むこともある。

九十四。自分の環境を好きになり。嫌いなら変える。

九十三。人は脅威を感じた時、脅威に対して攻撃的になる。感情を差し引いても、脅威となる場合は備える。自分から仕掛けると、自分自身が脅威となる。

九十二。問題が発生した時、答えは三つ:正しいやり方、間違ったやり方、自分のやり方。

九十一。努力をすれば、夢が叶うわけじゃない。努力をすれば、努力をした分が自分にかえり。何を持って成功や達成とするかは、自分次第。

九十。有為転変。

八十九。「やればできる!」、と心の中で八回連続叫んで自信を付ける。自信過剰にならないように、一回だけ、「自分には無理」、心の中で叫び。最後に、「やればできる!」と軽く呟く。

八十八。八十八という数字は、奇妙な数字。八十八夜というのは、立春から数えて八十八日目。この日に詰まれた茶は、味だけでなく縁起がよいとされ。四国には八十八の霊場。全天の星座は八十八種類に分別され、パソコンの市場を活性化させた名機には、88。私は、八十八という数には、特殊な意味があるんじゃないかっと思う。低温半身浴、八十八分。八十八人の友人。八十八という数字にこだわってみたら?

八十七。自分自身を精一杯、好きになる。一生、付き合っていくから。

八十六。簡単に物事を投げ出さない。投げ出したら、癖になる。

八十五。破顔一笑。

八十四。経験することは簡単。難しいのは、いい経験をすること。

八十三。食事は一日に三度。人生は一度。

八十二。笑う門には、福来る。

八十一。失敗は成功の基。でも、失敗ばかりでは先に進まない。小さい成功でもいいから、積み重ねて、吉を呼び込む。

八十。絵空事を並べても意味はないけれど、可能な望みは常に持つ。

七十九。悪い夢は逆夢。いい夢は正夢。

七十八。夢望食彩。これは、私の造語。字は、「夢」、「望む」、「食べる」、「彩り」。意味は、人生を夢や希望で彩りには、力の源となる栄養を取らないと、何もできないということ。

七十七。人生に練習はない。毎日は本番。

七十六。何かを始めるのに、遅いも早いもない。気持ち一つ。

七十五。諸行無常。

七十四。過去は存在しない、未来も存在しない。存在しているのは、今の連続。

七十三。人を襲う熊は凶暴とされ、熊を撃つ人間は、猟師とされる。

七十二。善が極まると、悪に転じることがある。悪意を極めても、善に転じることはない。

七十一。自分を信じる。

七十。おいしいものを食べたら、「おいしい」と素直に言う。素直になれない人は、そこにある幸せを見逃してしまう。

六十九。他人の評価は簡単だけど、自分の評価は難しい。なぜなら、自分の一長一短を知り過ぎているから。

六十八。自分自身の中に答えがないなら、他人の答えを用いれば吉。

六十七。環境が変化しないなら、現状維持は最高の武器となり、環境が変化するなら、現状維持は後退の原因になる。

六十六。自分の歩幅で歩けばいい。歩くのは自分。

六十五。最善を尽くして結果を得たなら、自信に転換。悪い結果なら、忘れる。

六十四。人生、悲喜交々。

六十三。罪とは、受動的なものではなく、能動的なもの。

六十二。今の自分、理想の自分、切り替えが必要。

六十一。服装は人を表す、というけれど、盛装している者が間違いを犯さないわけではない。

六十。普段、何気なく使っている「おかげさま」の「かげ」とは、誰のことか知ってる?それは、神や仏も含め、普段は見えないものに対する謝意を表す言葉で、自分以外の人や物から受け取る恵みを意味する言葉。例えば、野菜は、誰かが畑を耕し、種を一から育て上げ、収穫、出荷、販売、調理されたもの。この一連の流れには、様々な人々が精を尽くしている。感謝の意を示す言葉として、「おかげさま」が使われている。森羅万象、先祖のおかげ。

五十九。明けない夜と、止まない雨はない。

五十八。無目的で行動を起こして成功すると偶然になり、体験にはなるけれど、自信にはなりにくい。自分の設定した目標や計画で成功すると、小さなことでも自信となる。

五十七。型破りとは、型枠を理解して成せる技。型を知らずに、型破りを自称する人は、ただの無作法者。

五十六。おぬしならできる。何から始めようか。

五十五。この世は、公平と不公平で溢れている。貧しい家に生まれた者と、裕福な家に生まれた者では、物質的に与えられるものが異なる。何か公平であるかを悟れば、吉。

五十四。一日一善。

五十三。おぬしの足元を掘れば、出るのは油田か温泉か、価値のあるものを期待しよう。

五十二。ありのままの自分を冷静に見詰める。今の自分にできること、できないこと、やるべきことがわかり、安心できるはず。

五十一。はじめチョロチョロ、なかパッパ。赤子泣いてもふたとるな。

五十。過去は本と同じ、価値があると思えば残して、価値がないと思えば捨てる。それだけのこと。

四十九。夢望食彩。

四十八。服装や言葉には流行りがあるけれど、人間に必要な本質に流行りなし。

四十七。出会いという幸福は、いずれ訪れる。別れという不幸を、同時に連れで来る。

四十六。今日が駄目なら明日がある。明日が駄目なら、明後日がある。

四十五。開巻有益。

四十四。辛さや悲しみは、時間の経過は最大の特効薬となることもある。

四十三。歴史を知る楽しさよりも、自分の歴史を語る楽しさを見出せば吉。

四十二。夢のない人生は不幸だが、夢しか見ていない人生はもっと不幸だ。

四十一。問題を正確に理解していなければ、解決策を考えても無駄だ。

四十。「いつか」、という思いを、「いつも」や「いま」に替えるのは、おぬしにしかできん。

三十九。人は自由である時こそ、自由でいる幸福を忘れる。

三十八。逃げるが勝ち、ということもある。逃げる相手を間違えれば凶。間違えなければ吉。

三十七。継続は力なり。結果が全てということもある。全てを成功か失敗で考えてしまうと意志が折れて、継続が困難。成功や失敗は、体験として考えれば吉。

三十六。押しても駄目なら引いてみる。

三十五。生きていると、信じられないような偶然や奇跡と出会う。あまりの出来事に、恍惚と不安が同時に湧き上がる。それを感じない場合は、おぬしの実力。

三十四。勇往邁進。

三十三。空腹は公平に訪れる。食事の嬉しさや楽しさは、職業や年齢を問わない。

三十二。空腹を満たすことを最大の幸福と思えば、食事以外の欲求が満たされた時、想像できないぐらいの感動が訪れる。

三十一。大丈夫。頑張れ。

三十。おぬしの存在は、誕生した時に認められている。それ以上に認められたいなら、何かを起こす。

二十九。箸休めという言葉。食事を中断するという意味ではなくて、食事の中で味に変化をつけたり、口の中をすっきりさせるための料理。時には、心の箸休めをして、気分転換すれば吉。

二十八。夢や希望はいい。諦めたり、忘れたりしない限りは輝き続け、人生の道標にもなる。

二十七。時間の流れに逆らうことはできない、止めることもできない。何もしなくでも流れていく。おぬしにできるのは、向きを変えること。

二十六。手前味噌。

二十五。学ぶということは、真似るということ。綺麗な字を書くなら、綺麗な字が書かれた手本が必要。先人に見習えば吉。

二十四。噂話を真に受けると凶。真実よりも話がうまくできている。

二十三。雨や曇りの日でも、その上にあるのは、青空。

二十二。失敗という過去から学ばない者は、同じ過ちを繰り返して、成功という過去から学ばない者は、同じ成功をしない。

二十一。桃栗三年、柿八年。

二十。運命の分かれ道、それは、今日訪れるかもしれない。

十九。責任ある行動に勝る英断はない。

十八。腹八分目を心掛ければ吉。

十七。昨日はよかったなあ、と思える、今日を迎えなさい。

十六。犬が吼えている時は、噛まれることはない。好機を見誤らない。

十五。禍を転じて福となす。

十四。私は、おぬしのことが好きだ。おぬしがおぬしを嫌いにならない限りは。

十三。時には、何も考えず、心身を休ませる。

十二。今日は今日の風が吹く。

十一。おぬしの前に、壁は存在しない。あるのは扉だけ。

十。お楽しみは、これから。

九。健康第一。

八。勇気を持つ。

七。大丈夫!

六。無理をするな!

五。三度の食事が、力の源。

四。元気を出せ!

三。おぬしならできる。

二。頑張れ!

一。勝つ。

 

06.お祈り-参-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、勝運ある!

 

07.おはよう(1:45)

おはよう!今朝の気分はどう?いつもと変わらない朝?違う朝?今日のおぬしもいい。点数をつけるなら満点!これからの行いが、悲喜を分ける。大事を成すばかりに、吉ではない。心身が疲れているなら、休むのが吉。一日の計は、朝食にあり。朝食は軽くてもいいから、食べる。気分が優れないなら、無理して食べない方がいい。今日はどうする?いつもと同じ自分?いつもより、一歩前進した自分?それとも、一歩後退して、方向転換?どれを選んでも、おぬしはおぬし。時間は常に流れる。朝から昼、昼から夜へと移り変わる。待ち切れない時間、惜しまれる時間。時間の流れは一定だけど、状況で体感の時間は変わる。どうだ、目は覚めたか?私は、おぬしが好きだ。今日の歴史は、今から始まる。さあ、今日を始めよう!

 

08.お祈り-肆-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、学運あれ!

 

09.精神統一(2:36)

これから、百八つを数だけ読み上げる。精神を統一しなさい。

百八、百七、百六、百五、百四、百三、百二、百、九十九、九十八、九十七、九十六、九十五、九十四、九十三、九十二、九十一、九十、八十九、八十八、八十七、八十六、八十五、八十四、八十三、八十二、八十一、八十、七十九、七十八、七十七、七十六、七十五、七十四、七十三、七十二、七十一、七十、六十九、六十八、六十七、六十六、六十五、六十四、六十三、、六十二、六十一、六十、五十九、五十八、五十七、五十六、五十五、五十四、五十三、五十二、五十一、五十、四十九、四十八、四十七、四十六、四十五、四十四、四十三、四十二、四十一、四十、三十九、三十八、三十七、三十六、三十五、三十四、三十三、三十二、三十一、三十、二十九、二十八、二十七、二十六、二十五、二十四、二十三、二十二、二十一、二十、十九、十八、十七、十六、十五、十四、十三、十二、十一、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。

 

10.お祈り-伍-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、幸運あれ!

 

11.おやすみ(2:21)

お疲れ様!今日一日は、どう?楽しい一日、辛い一日、普通の一日。一つ言えるのは、今日という日は帰らない。最善を尽くしたのなら、それでいい。後悔をしていないのなら、それでいい。後悔しているなら、反省して、明日に活かす。成功したなら、自信にする。人生、うまくいく時があれば、うまくいかない時もある。今日という歴史は、明日のおぬしの指針になる。前を、上を向く。それだけで、私はおぬしを好きになれる。下を向く、それも、たまにはいい。朝は何を食べた?昼は何を食べた?夜は何を食べた?三度の食事が、おぬしの希望や夢を叶える源となる。渡り鳥は、旅をするために栄養を蓄え、越冬する動物は、冬を乗り越えるために栄養を蓄える。おぬしは羽ばたき、何かを乗り越え、人生の旅路を全うするには、力の源が必要。何はともあれ、今日はとにかく、お疲れ様!よく、頑張った!明日に備えたか?安心して眠りについて。お休み。

 

12.お祈り-陸-(0:25)

祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
祓い賜え清め賜え、護り賜え幸へ賜え。
汝に、食運あれ!

 

13.眠る星の子守唄(4:35)

まだ眠れない?おぬしに癒しの曲を贈ろう。中塚裕美子で、「眠る星の子守唄」。

 

14.最後に一言(0:16)

最後に一言。私は、他のつくも神と間違えられないように、敢えて、「憑依」の「憑」という字を用いてる。決して、誤字脱字じゃない。見誤ると凶。

 


以下为我个人所译基于我个人听写文本的翻译稿及注解。个人能力有限,望予斧正。


 

01.森罗万象(4:40)

人类的大家,我是附身神。我的名字叫樱。在化为人的姿态之前,是树龄超过百年的樱树。虽然平常作为树木在大地上扎根,但某天突然,变身成了人的样子。自己也不知道怎么和为什么,只是茫然着。自己知道自己是附身神,还是在一段时间之后。你问“附身神”是什么?嘛,在谈论关于附身神之前,还是先说说日本的妖怪和精灵怪物,和数不清的神明。

让我苦于理解的,是神与妖怪的区别。换言之,也就是分界线。从前,当低沉的人遭遇不幸的时候,就会认为是作祟和诅咒;当积极的人遭遇不幸的时候,则会认为是神的试炼。在人类社会里,究竟是神的所为还是人类的所为,最后竟然是由个人的性格和精神的容许度来决定的。被感谢了虽然很高兴,但明明毫不相干,却被强加上“神哟,为什么给我这样的待遇”的抱怨,真是困扰。

科学和文明的发展,削弱了信仰和精神,令人感到悲哀。但即使这样,安政的大狱[注1]、昭和的怪物这样迷醉的狂想,是如同邮政民营化[注2]一样的历史与传说这点是不会改变的。附身神的存在也不例外。有着“请不要这样,主公”,“难道不好么”这样有名桥段的时代剧,也就是江户时代。在这个时代,附身神被作为妖怪描绘、传说着。附上了意志的灯笼,突然在夜里和行人搭话,把对方吓跑了,或是拔出的日本刀突然开始笑起来,不管谁见了,都不会以为是被神附身的,错当成恶灵妖怪之类也是理所当然。真是的,既然是神的话至少学会KY点吧。当然,附身在东西上的,不全是附身神。这也是一大问题。如果把附身神作为自我和意志附身的总称,那么神附身的东西,和恶灵妖怪附身的东西,就没有区别了。

接下来,在人类之中,有没有信仰的人。啊,并不是说不好。没有信仰的人大致可以分为两类:作为自己的责任处理,或者认为自己就是神。前者在精神上虽然有安定感,但有欠缺感谢的情感的可能性;后者的结果和力量经常会被质疑,无法得到结果的时候,就成了小丑。不论神与妖怪,都以人的姿态在世上出现。化为人的场合,以何为基准分辨?嘛,虽然也有不需要分辨的人在。危险的是,搞错了本质。有叫做“勿体無い”的,日本特有的词语。将和制汉语的“勿体”,以“無”来否定的词语。“勿体”是指凝重、威严、风格、心性所具有的状态,将此以“無”来否定。也就是说,“勿体無い”本来的意味是指,明明具有威严和风格,却没有活用的意思。将之转用,以浪费东西的意思流传开来,连获得诺贝尔和平奖的肯尼亚的环境保护活动家[注3],都对“勿体無い”一词深受感触,将这一词语作为世界通用语进行着推广活动。日本人对于东西的拘泥和精神,这就是产生出附身神的土壤。

注1:“安政の大獄”是指发生在安政5年及翌年(公元1858-1859),由江户幕府的大老(江户幕府中总辖政务的最高职位)井伊直弼发起的对尊王攘夷运动的镇压行动。镇压的对象是反对签署《日美修好通商条约》及立德川家茂为第14代将军继嗣的一桥庆喜派的大名、公卿、志士等。连坐者达百余人,其中包括吉田松阴、桥本左内在内的8人被处以死刑。直到安政7年发生“桜田門外の変”(樱田门事变),井伊被水户和萨摩的浪士暗杀,镇压才告一段落。

注2:邮政民营化,是指日本政府从上世纪90年代末开始至今的将“邮政三事业”(邮递、简易保险、邮政储蓄)转为民营的政策。原本的邮政体系除了基础的邮递业务外,还从事着邮政储蓄和保险等业务,集中了巨量的资金。而这些资金再贷给国家,由国家再进行各种事业。在这些巨额资金的使用方面出现了各种各样的问题,因此当小泉内阁上台之际时,就将改变邮政的资金流向,让邮政业自负盈亏的邮政民营化改革作为了重要的方针之一。小泉首相的计划在朝野各政党遭到了强烈的反对,但小泉不惜解散众院进行大选,赌上自己的政治生命也要将改革进行下去,历经了重重波折。今年年初,邮政公社爆出将名下资产贱卖的丑闻,以及2月初在日本众议院预算委员会,麻生首相虽然在当时的小泉内阁内任管辖邮政公社的总务大臣,却作出了“虽在小泉纯一郎首相手下,并没有赞成(邮政民营化)”等发言,在朝野政党都掀起了巨大的风波,遭致了激烈的批判,成为今年初日本政坛的一大事件。总而言之,邮政民营化改革是近年来日本政坛动荡的一大因素,这里将其与安政的大狱、昭和的怪物之类相提并论,是在狠狠地吐糟。

注3:指2004年诺贝尔和平奖获得者旺加里·马塔伊(Wangari Muta Maathai)。她2005年赴日本参加一项有关京都议定书的活动之际,于《每日新闻》上偶然看到了“勿体無い”一词,被其中所蕴含的与环保观念相同的涵义所打动,此后发起了“Mottainai”运动,宣传环保理念。

 

02.祈祷-壹-(0:25)

(这一段为日本人做祷告时常用的话,类似于中文的“天灵灵,地灵灵”,较难直译。
大体为“祈求神灵扫清邪秽,赐予加护和幸福”之意。)
愿世间万物之恩惠,与汝同在!

 

03.樱物语-壹-(3:36)

(本轨的录音似乎有些问题,某些句子结束得太早,句末缺少音节。已核对过原盘,原轨如此,非mp3翻录问题。但因全文时态较统一,补全并不困难。听写文本已补全缺少的音节。)

你知道有这样一个传说吗?很久很久以前,某座不高的山上,有一颗大树。是树龄超过百年,壮丽的樱树。每到春天,开出很多的花,风一吹,樱花瓣就飞舞着飘下山麓的村子。飘下樱花瓣的家中,这一年就无病安泰。但是,这件事谁也不知道。

有一年,樱树前来了一位青年。虽说山不高,但因为没有路,从山麓爬上来也需半日。青年诉说道,“总是送来花瓣,谢谢。我可知道哟,你的花瓣,是村人们的护身符呢”,站住了。从此青年就小心不踩到樱树的根,为它除杂草,驱赶虫子,照顾着樱树。有一天,青年说着“如果你是人类的女性的话,一定飒爽美丽吧”的玩笑,笑了。那个时候,樱树,附上了意志和灵魂。从那以后,樱树每当青年来的时候,就以抖落樱花瓣来表现自己的高兴和快乐。青年看见飞舞着飘下的樱花瓣,边说着漂亮,边乐在其中。

每天都来的青年,有一天,突然没有来。樱树从风的传言那里,得知了青年抱病的事。即使想往青年的家里飘洒樱花瓣,树上已经再也没有花了。青年就这样,成了一去不返的人。樱,知道了自己对自己的愤怒,以及喜欢的人失去的悲伤。学会了喜怒哀乐感情的樱花,变成了附身神,形成了她的模样。

什么?你说这是我自己的故事?那,就交给你想象了。

 

04.祈祷-贰-(0:25)

(同上)
愿财运,与汝同在!

 

05.格言(22:00)

人活着,就会遭遇各种各样的境遇。吃饭,睡觉,玩耍,高兴,愤怒,悲伤,快乐。在日本,有叫做言灵的东西。现在开始,我把被称作人的烦恼的一百零八的数字,倒着念出来,试着对自己的日常生活有所帮助吧。

一百零八。静下心来。

一百零七。进食成为力量。不美味也没关系。早饭、午饭、晚饭,好好地摄取。

一百零六。每日一扫。每天一回扫除。水的流动,风的流动,光的流动,都不断绝。

一百零五。抄近道,绕远路。不管选择哪条路,最后都会到达目的地。抄近道节省时间,绕远路是发现什么的良机。

一百零四。工作、学业、恋爱,追赶上为吉,被追上为凶。

一百零三。竭尽全力。

一百零二。自我反省与虐待自己完全不同。无法顺利进行的时候,与其叹息自己没用,不如找出改善点。

一百零一。失败不要紧,苦恼不要紧,哭泣也不要紧。认真地接受现实,不要急躁,做现在的自己能做到的最好的事。太阳还会再升起来。

一百。雨,不会只在你一个人头顶上下。

九十九。今天所决定的一件大事,决定你今天的活法。

九十八。与自己身体尺寸不相符的穿衣,是丑陋的。是否符合自己的容许的判断,是吉凶的分歧点。

九十七。活着就是,喜怒哀乐。

九十六。一期一会[注4]。时间总是流逝而去,决不再回来。重视这一瞬,给这一瞬所能做到的最高待遇。

注4:日本茶道所衍生出来的熟语。指每一次茶会都要当作一生只有这一次来对待。引申为一生只有一次的机会。

九十五。人生就是旅途。有赶路的时候,也就有在旅店休息的时候。

九十四。喜欢自己的环境。讨厌的话就改变它。

九十三。人在感到威胁的时候,会对威胁变得攻击性。即使撇去感情,也要防备其变成威胁的场合。自己先攻击的话,自己就成为自己的威胁。

九十二。发生问题的时候,答案有三种:正确的作法,错误的作法,自己的作法。

九十一。努力了,梦想不一定就会实现。努力了,努力的部分就会回报给自己。抱着什么来取得成功,取决于自己。

九十。盛衰无定。

八十九。在心中连续叫喊八回“动手做的话就能行!”,增添自信。但为了不自信过剩,只一回,在心中叫喊“我做不到”。最后,再轻喃一声“动手做的话就能行!”

八十八。八十八的数字,是奇妙的数字。八十八夜[注5],指的是立春开始数第八十八天。这一天泡的茶,不仅味道好,说法也好。四国有八十八灵场[注6]。全天的星座可以分为八十八种[注7],使个人电脑市场活性化的名机,也是88[注8]。我认为,八十八这数字,难道不是有着特殊的意义么?低温半身浴,八十八分钟。八十八个朋友。拘泥于八十八这数字试试看如何?

注5:八十八夜,日本特有的“杂节”之一。从立春开始数起第88天,约在公历的5月2、3日左右。距离立夏还有3天左右,是被称为“八十八夜的离别霜”“八十八夜的哭泣霜”的迟霜发生的时期,为了唤起农家的注意,故设此杂节。又,相传在此日采摘的茶为上等,饮之可长寿。

注6:四国八十八箇所,或单称八十八箇所,四国灵场。指位于四国,有关弘法大师(空海)的88处灵场(寺庙)。巡拜这八十八箇所被称为四国遍路或四国巡礼。

注7:黄道12、北天28、南天48,全天共计88个星座。

注8:PC88,即NEC于1981年起开始发售的PC-8800系列,400行显示,8Bit微机。开始是作为中端的商务机,翌年16Bit的PC9800系列发售后转为了兴趣用入门机。自1985年PC-8801mkIISR发售正式确立了其兴趣机的地位,开启了PC-8800系列的黄金时代。众多游戏厂商竞相开发游戏,风靡一时。

八十七。努力喜欢自己。因为,要交往一生。

八十六。不要简单就放弃事物。放弃多了,就会成为习惯。

八十五。破颜一笑。

八十四。得到经历简单。难的是,得到好的经历。

八十三。一天有三顿饭。人生只有一次。

八十二。常笑之人,必会幸福。

八十一。失败是成功之基。但是,总是失败也无法前进。细小的成功也没关系,积累起来就能招来吉。

八十。总是做白日梦没有意义,但时常要抱有可能的希望。

七十九。坏的梦是逆梦。好的梦是正梦。[注9]

注9“逆夢”指与现实相反的梦,“正夢”指与现实一致,预知未来的梦。

七十八。梦望食彩。这是我自己的造语。汉字是,“梦”、“希望”、“吃”、“色彩”。意思是,人生以梦和希望增添色彩,但如果不摄取成为力量源泉的营养的话,就什么也无法做到。

七十七。人生没有练习。每天都是正式上场。

七十六。要开始什么的时候,不在早也不在晚。在于的,只是一份心情。

七十五。诸行无常。

七十四。过去不存在,未来也不存在。存在的,只是现在的连续。

七十三。袭击人的熊被认为是凶暴的,而射杀熊的人却只被认为是猎师。

七十二。善到极致,可以转化为恶。恶到极致,不会转化为善。

七十一。相信自己。

七十。吃到好吃的东西时,就要坦诚地说“好吃”。不能坦诚的人,就会错过那里存在的幸福。

六十九。评价他人简单,评价自己却很难。要说为什么的话,是因为对自己的一长一短知道得太过清楚了。

六十八。自己心中没有答案的话,用他人的答案为吉。

六十七。环境没有变化的话,维持现状是最好的武器;环境变化的话,维持现状会成为后退的原因。

六十六。以自己的步幅走就行。走路的是自己。

六十五。尽最善的努力取得结果的话,将它转变为自信。坏的结果的话,就忘记它。

六十四。人生,悲喜交错。

六十三。所谓罪过,不是被动,而是主动的。

六十二。现在的自己,理想的自己,有切换的必要。

六十一。虽说服装可以表现人,但并不表明穿着华服的人就不会犯错。

六十。平时,不经意间使用的“おかげさま”的“かげ”,指的是谁知道吗?那是包含神和佛,对平常看不见的东西表达谢意的话,是表示从自身以外的人或物接受到恩惠时的词语。比如说,蔬菜,是由谁耕种田地,从种子开始培育长大,收获,出货,贩卖,烹饪的。这一连串的流动里,各种各样的人尽着力。作为表示感谢的话,“おかげさま”被使用着。森罗万象,都是托祖先的福。

五十九。没有不明之夜,没有不止之雨。

五十八。无目的地发起行动并成功是偶然,虽然能成为体验,但成为不了自信。按自己设定的目标和计划取得成功,即使再小的事情也能成为自信。

五十七。所谓打破陈规的创新,指的是在理解规则的基础上形成的技艺。连规矩都不知道就自称为创新的人,只不过是粗人罢了。

五十六。是你的话能行。开始点什么吧。

五十五。这个世上,充满着公平和不公平。贫穷的家庭里出生的人,富裕的家庭里出生的人,他们所得到的物质上的东西是不同的。如果能领悟他们的公平在何处的话,吉。

五十四。一日一善。

五十三。挖掘你的脚下的话,出来的是油田还是温泉。期待有价值的东西吧。

五十二。冷静地注视本真的自己。现在的自己能做到的事,做不到的事,必须要做的事,明白了的话就能安心。

五十一。开头小火,中间加旺。即使小孩子哭闹也决不揭开盖子。[注10]

注10:这是日本关于煮饭的一句有趣俗语。意思是要想煮好米饭,开始时在水沸腾之前要让米粒充分地吸足水分,因此要用小火;等米吸饱了水水也烧开了,就可以把火加大真正开始煮了;最后则是指米饭蒸熟了之后要盖着盖子闷一会儿,这中间不管发生什么也决不要把盖子揭开。这句俗语当中尤其强调最后的“蓋取るな”,其他的版本还有“親が死んでも蓋取るな”(死了父母也决不揭盖子)之类的表达。不过这都是古时用锅煮饭的要诀,现在已经不适用了……

五十。过去和书本一样,认为有价值的就留下来,认为没有价值的就抛弃。仅此而已。

四十九。梦望食彩。

四十八。服装和语言有流行,但人所必要的本质没有流行。

四十七。名为相遇的幸福,总会到来。但名为离别的不幸,也会同时到来。

四十六。今天不行的话还有明天,明天还是不行的话,还有后天。

四十五。开卷有益。

四十四。对于痛苦和悲伤,时间的经过也许会是最好的特效药。

四十三。比起知晓历史的快乐,能找出讲述自己历史的快乐为吉。

四十二。没有梦的人生是不幸的,但只会做梦的人生更加不幸。

四十一。没有正确理解问题的话,再怎么考虑解决办法也是没用的。

四十。能把“总会”这样的想法,转变成“总是”“现在”的,只有你能做到。

三十九。人正是在自由的时候,才会忘记自由的幸福。

三十八。需要三十六计走为上的时候也有。但搞错要逃开的对手为凶。没有搞错为吉。

三十七。继续成为力量。有时结果就是一切的时候也有,但只考虑成功和失败,会折损意志,难以继续。成功和失败,只当作体验来考虑为吉。

三十六。推不行的话就试试拉。

三十五。活着,就能遇到无法相信的偶然和奇迹。遇上太过惊人的事,恍惚与不安就会同时涌上心头。感觉不到这些,是你的实力。

三十四。勇往直前。

三十三。空腹是公平的。进食的愉悦和快乐,与职业和年龄无关。

三十二。把填饱肚子当作最大的幸福,当进食以外的欲求被满足的时候,就会有无法想像的感动到来。

三十一。不要紧。加油。

三十。你的存在,从你诞生时就已经被认可了。如果还想再多被认可一些,那就做点什么。

二十九。有名为“休筷”的词语。并不是指中断进食,而是在进食中为了转变口味,清理口腔而准备的小菜。时不时,也要给自己的心上道休筷,转换心情为吉。

二十八。梦想和希望真好。只要不放弃、不忘记就能一直闪耀下去,成为人生的路标。

二十七。时间的流逝无法抗拒,也无法停止。即使什么都不做一样会流走。你能做的,就是改变方向。

二十六。自家味噌[注11]

注11:这是一句日本熟语,指自己引以为傲,自我赞扬。

二十五。学习就是模仿。想要写一手好字,就需要有写着好字的范本。学习先人为吉。

二十四。把传言当真为凶。话语比真实容易制造。

二十三。即使是下雨和阴天,在云层之上的,还是蓝天。

二十二。不从名为失败的过去中学习的人,会重复同样的错误;不从名为成功的过去中学习的人,不会再取得相同的成功。

二十一。桃栗三年,柿八年。[注12]

注12:日本谚语。桃树和栗树从发芽到结实需要三年,柿树要八年。

二十。命运的分歧点,也许,今天就会到来。

十九。没有比负有责任的行动更英明的决断。

十八。心里留意着吃饭八分饱为吉。

十七。想着“昨天真好啊”,来迎接今天。

十六。叫狗不咬人。不要错过良机。

十五。因祸得福。

十四。我,喜欢你。只要你不讨厌你自己。

十三。时不时,要什么都不考虑,让身心休息。

十二。今天会吹今天的风。

十一。你的面前,不存在墙壁。有的只是门。

十。值得期待的,从现在开始。

九。健康第一。

八。鼓起勇气。

七。不要紧!

六。别勉强!

五。一日三餐,力量之源。

四。打起精神!

三。是你的话能行。

二。加油!

一。胜利。

 

06.祈祷-叁-(0:25)

(同上)
愿胜运,与汝同在!

(这里的“しょううん”有几个同音字,“商運”“勝運”和“昌運”。“商運”的话与上面的“財運”重复,“昌運”又过于空泛。目前暂且确定为“勝運”)

 

07.早上好(1:45)

早上好!今早的感觉如何?一如往常的早晨?不一样的早晨?今天的你也很棒,如果要打分的话,满分!接下来要发生的事,分为悲喜。总是成就大事,不为吉。身心疲惫的话,休息才为吉。一日之计,在于早餐。早餐很简单也没关系,吃。感觉不好的话,不要勉强着吃也行。今天打算如何?和平常一样的自己?比平常,更进了一步的自己?还是后退一步,变换方向?不管选择什么,你还是你。时间总是在流逝,从早到昼,从昼到晚更迭。等不完的时间,珍惜的时间。时间的流逝虽然是一定的,但依据状况感受到的时间会不同。怎么样,眼睛睁开了?我,喜欢你。今天的历史,从现在开始。那么,开始今天吧!

 

08.祈祷-肆-(0:25)

(同上)
愿学运,与汝同在!

 

09.精神统一(2:36)

现在开始,把一百零八只以数字读出来。让精神统一。

一百零八、一百零七、一百零六、一百零五、一百零四、一百零三、一百零二、一百、九十九、九十八、九十七、九十六、九十五、九十四、九十三、九十二、九十一、九十、八十九、八十八、八十七、八十六、八十五、八十四、八十三、八十二、八十一、八十、七十九、七十八、七十七、七十六、七十五、七十四、七十三、七十二、七十一、七十、六十九、六十八、六十七、六十六、六十五、六十四、六十三、、六十二、六十一、六十、五十九、五十八、五十七、五十六、五十五、五十四、五十三、五十二、五十一、五十、四十九、四十八、四十七、四十六、四十五、四十四、四十三、四十二、四十一、四十、三十九、三十八、三十七、三十六、三十五、三十四、三十三、三十二、三十一、三十、二十九、二十八、二十七、二十六、二十五、二十四、二十三、二十二、二十一、二十、十九、十八、十七、十六、十五、十四、十三、十二、十一、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。

 

10.祈祷-伍-(0:25)

(同上)
愿幸福,与汝同在!

 

11.晚安(2:21)

辛苦了!今天一天,怎么样?高兴的一天,辛苦的一天,普通的一天。唯一能说的,是名为今天的日子不会再回来了。尽了最善的努力的话,那就行。不后悔的话,那就行。后悔的话,反省,并活用于明天。成功的话,让它成为自信。人生,有顺利的时候,也就有不顺利的时候。名为今天的历史,会成为明天的你的指针。向前,向上看。只要这样,我就会喜欢你。向下看,这,偶尔也没关系。早上吃了什么?中午吃了什么?晚上吃了什么?三餐饭,会成为你实现希望与梦想的源泉。候鸟,为了旅行而储备营养;越冬的动物,为了度过冬天储备营养。当你展开翅膀,想要跨越什么,成就人生的旅途之时,也需要力量之源。不管怎样,今天总之,辛苦了!努力地加油了!准备好明天了么?安心地入眠吧。晚安。

 

12.祈祷-陆-(0:25)

(同上)
愿食运,与汝同在!

 

13.安眠星的摇篮曲(4:35)

还是睡不着?赠给你治愈的曲子。中塚裕美子的,“安眠星的摇篮曲”。

 

14.最后的话(0:16)

最后的话。我为了不被和别的附身神搞混,冒昧用了“凭依”的“凭”字。决不是错字漏字。搞错的话为凶。

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